「私の心の衝撃」 を書き留めておきたいと思います。
某中学校へ行きました。
いつもは性の話がメインですが、今回は違う目的がありました。
この中学校の対象は、今年度、「同級生がいじめの加害者である」 ことを遺書に残し、自殺した子が出た学年です。
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講演の前日に、私の講演には心の話が出てくるので、この事実を学校側から打ち明けられました。
まだ、先生方の中でも解決できていないことが感じられました。そして、講演の内容から、自殺という言葉は抜くこと、子どもたちの様子を見て内容を変えることを約束しました。
先生方の子どもたちへの印象は、「子どもたちは自殺問題でナーバスになっていて、加害者・被害者生徒の味方同士の新たな争い、分裂・・・問題が続いている。高収入高学歴の仕事を持つ親がほとんどで、母親も100%近く大学卒。子どもたちは子どもっぽい。卑猥な言葉をふざけていってくる。加害者生徒の親は、加害者を守るのが学校だと言って、加害者生徒へのカウンセリングを進めても、プライドが高く断ってくる」 というもの。
当日、150人の子どもたちとあって、はっきりと学年崩壊していることを認識しました。
自殺の問題が及ぼすもの、自殺に及ぼしていく原因の重さ深さを、ひしひしひしひしと感じました。
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講演を始めたが、こちらの自己紹介だけでも、集中してくれず通常の倍の時間がかかった。
大人への信頼がない・・・。子ども達同士の信頼もない。そんな雰囲気も感じてくる。
「これからの自分の顔は自分で作っていくんだよ。いい顔になるには、心の思春期をうまく乗り越えていくことが必要だよ。そのためにも大事な話をするよ」 と言って一人一人の顔を眼を合わせてみていった。
ほほ笑む子、じっと見つめる子、恥ずかしそうにする子、ちょっと他と逸する目つきで見返す子、それぞれに愛情を持って見つめ返していった。
落ち着いてきたところで、「今の自分を大事にすることは将来の自分を大事にすることにつながる」 ことを話し、通院率の話に。
「中学生で一番多く通院している病気はなあに?」 と聞いたところ、スライドに書いてもないのに 「えいずぅ」 とふざけて答えてくる。その 「えいずぅ」 から、教室中にふざけあいが広がっていく。
自殺問題でナーバスになっていると聞いていたが、何か違う。
「人の病気や、自分と違うことを挙げて、バカにしたりふざけたりするのは、ちょっと子どもっぽいよ。人は人って認められることも子どもの心から大人の心に成長するには必要だよ」 と話すと、いったん静かになる。
しかし、その言動・態度は止まらなかった。
性感染症の感染の関連図をみて、男性と男性が並んでいるのを見て、指をさして笑った
生徒を皮切りに、学年中にその反応が広がっていく。
いつもの講演のように、そこで話を止め、性同一性障害の話をし、
「みんなが笑っているのを見て、傷つく人が中にいるかもしれないことに気付いてほしい」 と話した。
でも、今まで話してきた何万人もの中学生と反応が全く違った。
普通であれば、もうその意味を感じ理解し、馬鹿にする言動は見られなくなる。
しかし、笑い、ふざけあう態度が止まらない。
性感染症の疾患の話をしても、「おまえだろ」 と言いながら指差しあう。
性教育をする際には、子どもたちの各学年にあった必要な知識を用意し、
「私が知っている必要な知識をたくさん渡すけど、判断するのはみんな。大人の押し付けではなく、自分たちの人生を守るために必要なことを自分で判断してほしい」 と話しているけど、この子たちにその判断を任せることはできない。
人の様子や人の気持ちを考えて判断することが難しく、人格の形成が非常に中学生未満に感じる。
これが先生方がしきりに言う、子どもっぽいという原因なのかと思う。
「子どもっぽいよ」 とやさしく諭していたが、「説教かよ」 と声が聞こえた時に、その子の目を見てはっきりと言った。
「説教じゃない。大人がみんなの人生を守ろうと心から願って話すことが説教なの?みんなが病気のことや人が人と違うことを馬鹿にしている態度は、人の自由や人権を無視していると思う。人を傷つけると思う。そのことには私ははっきり怒りたい。自分を大事にするって何なのか感じて、自分を大切にすることから人を大事にすることはなになのか考えてほしいの。」
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私は、大人は子どもたちが本当の意味の最終的な傷を負ってしまう前に、厳しく大人になるために必要なことを伝える必要があると常々思い、大人が伝える 「生きるための心の教育(性教育)」 を大切にしてきた。
本当の意味で、今回実証した気がする。
皆さんお気づきと思うが、そう、自殺によって学年が崩壊したんじゃない。
この雰囲気が多感な思春期の時期の子どもを傷つけた。
学校の問題じゃない、そのもっと前の家庭での環境が強く影響している。
大人の私がこの集団の中に入っても傷つきそうなくらい、痛く苦しい集団だった。
その後、最後に残しておいた思春期の心について話をした。
最後に残していた理由の通り、案の定、これまで以上に騒がしく、落ち着かなくなった。
「思春期の心理からも、親しい友人がほしくなる時期である」 という説明など、もう会場中が騒がしく、聞く耳を持たなくなった。思春期の心の成長が、この子たちはうまくいっていない。
反応から見て、身体的性的虐待を受けてきたタイプではない。
親の過干渉によって思春期の自我の形成がうまく発達していない印象を受ける。
バブルの頃の金を払えば人を馬鹿にしてもよい、けなしてもいい、というような風潮が、親から子へうつったような印象も受ける。
聞いている一部の子のために、騒がしいのをよそに一通り話し終えてから、
「どうした?みんなこのスライドでこんなに騒がしくなるのは、何万人もの中学生に話をしてきたけど初めてだよ。みんな、何か不安や悩みを強く持っているんじゃない?この雰囲気は今までとちょっと違うよ。悩みや不安を一人で抱え込まないで!うまく思春期を乗り越えるためには、いい顔になるためには、今の悩みや不安を信頼できる大人にちゃんと話すことも必要だよ。大人は思春期を乗り越えてきたから、思春期の気持ちを割と理解できるよ。友達だけでなく親でもいいし、親に話せなければ、先生や保健室の先生、保健所や保健センター、児童相談所いろいろ相談できる場所はいっぱいあるんだよ」
と、仲介役で来てくれていた行政の保健師・助産師も紹介し、自分を大切にすることを学んで人を大切にできるようになるための、生きるための心の教育(性教育)の話を終えた。
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はっきり言って、「自殺」 という言葉を使う以上に、子どもたちの心に踏み込んでしまったと思う。
先生方もナーバスになっているので正直心配だったが、担当の教師達に講演中に感じたすべてをすぐに伝えた。
そのまま校長室に連れて行かれ、同じことを報告した。
「今、この時期に子どもたちに必要なことをはっきりと伝えてくれてよかった。人を大事にする大切さを伝えるために怒ってくれて本当によかった。」 と理解してくれ、また、内部の先生方が自殺問題を抱えたときに、子どもたちに怒ることができないことも理解できた。
しかし、これでかかわりを終えるのは心配。もっとこの子たちにじっくりつきあいたい。
でも、間もなく中学を卒業してしまう。くやしい思いがのしかかる。
そして、3年間この子たちを育ててきた中学の先生方は、もっと心配で苦しい思いをしていると思った。
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この子たちが親になってしまう前に、いろんな大人から、本当の人間に対する無償の愛・情を厳しく伝えてあげてほしい、と心から願います。
そして、どこかでまた関わることができれば、と願っています。